明日を元気に生きるための「心の処方箋」

頑張り過ぎて疲れたあなた、心を痛めたあなたへ。言葉の癒しを実感して下さい

精神科医は閻魔大王なんかじゃありません

前回までの話 出版社に就職し雑誌の編集部に配属された私。日々忙しく仕事に没頭しているうちに気が付けば50代に突入。ついに肩たたきにあい、事務職部門に異動に。慣れぬ仕事に疲れ果て、とうとう出社拒否してしまった。

 

 掛かりつけの内科医に相談して、心療内科の専門医の診察を受けることを強く勧められました。心療内科とは、つまり精神科のことです。偏見かもしれませんが、私的には精神科というのは近寄りがたい場所というイメージでした。そこで治療を受けよといわれた自分はとうとう頭がイカレてしまったのだろうかとショックを受けました。(あくまでも私見です。ご免なさい)そして出来ることならば、行かないで済めばいいなと考えていました。

 しかし会社には体調不良で休むとだけ話したままですから、いつまでも欠勤を続けるわけにもいきません。私は意を決して、勇気と諦めとやけっぱちな気分の勢いで、紹介された心療内科クリニックに予約を入れたのです。電話口にクリニックの受付担当の女性が出て応対してくれた時には、もうしどろもどろで心臓バクバクの状態でした。そして翌日、ありったけの勇気を振り絞って、クリニックの門を叩いたのです。

 ツタの絡まる古く厳めしい木造の建物を見て、逃げ出したくなりましたが、何とか気持ちを抑えて、まるで地獄の門はこんな風だろうと思わせる重苦しい雰囲気の扉を開け中へ入った。正面には映画『カッコウの巣の上で』に登場する冷酷無情な看護師が無表情のまま予約表と私の名前を照会した後で、奥まった辺りにある診察室の方向をあごで示して、先生がお待ちですと抑揚のない冷たい声で告げる。私はこれから地獄の門をくぐり、閻魔大王の審判を受けなければならない。

 というのは私の勝手な妄想であって、実際のクリニックはこじんまりとしていました。ごくあっさりとした字体で『鈴木クリニック』(仮名)と書かれたガラスの自動ドアが開き、予約した旨を受付の女性に告げました。さほど広くない待合室には長椅子がいくつか配置されていて、数名の患者さんが診察の順番を待っていました。ほどなくして先ほどの女性が私に近き、小さな声であちらへお入り下さいと言いました。内科医院などでは患者の名前を呼ぶのが普通ですが、ここではあえて名前を呼ばない方針のようです。

 診察室に入ると院長の鈴木先生が目の前の丸椅子を勧めてくれ、メガネの奥の小さな目でしっかりと私の顔を見ながら、どうしたのかお話してくれますか、と優しいソフトな声で質問しました。その瞬間、私は精神科医に対して勝手に抱いていた、おっかない人という考え方がまったくの見当違いであることを理解したのです。精神科は地獄の門でそこの医者は閻魔大王のような悪鬼だと考えていた私は自分の偏見を大いに恥じ入りました。

 院長先生は悪鬼どころかまるで天国の神様みたいな方でした。患者さんに少しも緊張させるような物言いはせず、あくまでも自分はあなたの味方なんですよ、だから私には何でも話して下さいとその優しい目は語っていました。そして私は頭の中で整理がつかずに漠然と感じていた出来事や感情を一気に活火山のマグマが噴出したかのように次から次へと話し始めたのです。先生はその間にひとことも質問を挟むことなく、じっと真剣な表情で、時には悲しそうな表情をしたり、強く同意したりしながら私が話し終わるまでじっと聞いて下さいました。

 それから先生は私に、「あなたはとても辛い思いをしましたね。きっと上りの通勤電車に乗る時に下りの電車に乗りたいと考えたでしょう。もう苦しむのは終わりにしましょう。そのためにはしばらくの間、会社を休みましょう。最低でも三ケ月間は休職して下さい」と話しました。診断書に鬱病との文字が書かれているのが見えました。そのようにして私はその日から会社を三ケ月どころか約半年間も休職することとなったのです。

 診察を終えた時には1時間20分も経っていました。不安感やストレスを軽減する作用のある薬を三種類処方されて、会計は初診料が2300円ほどでした。二週間後に診察の予約を入れて、その日の気分を記入するダイアリーを渡されました。二回目の診察は初回ほど長くは掛かりませんでしたが、それでも15分ほどでした。二回目以降の診察料は1400円ほどです。普通の医院なら患者一人あたりに掛ける時間はせいぜい三、四分ほどですが、精神科では1時間以上も診察に時間が掛かっても、決して高い診察料を請求されることはありません。

 よく鬱病心の風邪という風に表現する人がいますが、それは違います。鬱病は専門医の治療を必要とする歴とした病気なのです。私が恥を忍んでありのままに精神科の治療を受けた時のことをお話したのは、もしや自分はちょっと心の病気にかかっているのではないだろうかと思った時に、躊躇せずに心療内科、精神科の診察を受けるべきだと確信をもって皆さんにお伝えしたいからなのです。少しも怖くありませんよ。精神科医は決して閻魔大王なんかじゃないのですから。

 

 最後までお付き合い下さり、有難うございました。次回は「癒しのスイッチ」というテーマでブログを書く予定です。ご期待下さい。