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頬を削ってから不運続きだった「宍戸錠」

 邦画全盛時代のスターがまた一つ消えた。エースのジョーこと宍戸錠。享年86歳。8000人もの応募の中から日活ニューフェイス一期生となり、日大芸術学部を中退して銀幕入りしました。宍戸のトレードマークといえばあのぷっくりと膨らんだ頬です。当時、まだ整形手術が今ほど一般的ではなかった時代に、自ら進んで豊頬手術を受けて、不敵な面構えとなり、以来、石原裕次郎小林旭赤木圭一郎らのヒーロー役を盛り立てる悪役や敵役として、その名を不動のものとしたのです。

 

 

頬の膨らみ

 

 

 殺し屋役やヤクザの親分役などで存在感を示したのは、あの独特のルックスによるところが大きかったことでしょう。デビュー当初には裕次郎のように二枚目路線でしたが、豊頬手術後は一転、ヒール役に徹するようになりました。アクション路線で一世を風靡した後も、テレビ界に活躍の場を移して、あの独特の風貌で親しまれていました。任侠映画にも多数出演しています。芸風が幅広いのも強みでした。

 

 

 中高年になってからもアクション俳優を自認していて、スマートで切れの良い演技が光りました。主役作品も数多くありますが、どちらかというと名脇役という感じでした。性格俳優の見本のような役者でした。

 

 

 宍戸がスターになれたのは、トレードマークだった膨らんだ頬のお陰だと言っても過言ではありません。何しろ一度見たら絶対に忘れられない顔です。頬の出っ張った憎らし気なルックスが、彼を性格俳優にしたのです。頬にオルガノーゲンというゼリー状の物質を埋め込んだそうですが、こともあろうに後に再び手術でその詰め物を除去してしまったのです。除去手術を施した際には、埋め込まれたオルガノーゲンが固形化していて、なかなか取れなかったようです。それにしても、一体なぜトレードマークのあの頬を削り取ってしまったのでしょうか。

 

 

 除去手術を受ける際には、テレビ番組の密着取材を受けていましたが、手術が無事終わり、包帯を外して現れた素顔は、あれだけ豊かに盛り上がっていた頬がぺたんこになっていて、ただのおっさん顔に変わっていました。平凡なルックスになってしまった彼を見て、往年のファンは大いに嘆いたことでしょう。まあ、何てことをしてくれたのよ!という不満の声が聞こえるようでした。

 

 

頬の詰め物を失って

 

 

 それからの宍戸は、あまりぱっとしませんでした。役者としてのキャリア云々よりも彼自身の運勢が、大きく傾いたように思うのです。2001年に除去手術を受けて、その5年後の16年に虚血性心不全という重い心臓疾患が見つかり、入院生活を余儀なくされました。さらに、10年には愛妻を癌で亡くしたのです。悪いことはさらに重なります。13年に、今度は長年住み続けてきた自宅が全焼しました。一人暮らしだった宍戸が外出中の出来事でした。自宅には、俳優としてのキャリアを積んできた多数の記念の品々がありましたが、そのすべてを失ってしまったのです。俺の思い出が全部消えちゃったよと、当時、ご本人はいたくショックを受けた様子でした。

 

 

 自宅を失ったため、しばらくはホテル暮らしをしていましたが、その後、賃貸のマンションで暮らすようになりました。最愛の妻に先立たれ、一人ぼっちとなってしまい、さらにはかつての栄光を物語る品々をも失って、一体、どんな気持ちだったことでしょうか。

 

 

 自宅が消失する前まではマスコミの取材にも気軽に応じて、近所の馴染みの豚カツ屋で記者と打ち解けて話し込むこともあったといいます。エースのジョーこと宍戸錠。不敵な面構え、小気味よいアクションを思い出します。なかなか得難い役者だったに違いありません。

 

 

 それにしても、です。何故、あの頬を削り取ってしまったのでしょうか。話題作りのためだったのでしょうか。それとも肉体的な衰えを感じてのことでしょうか。ご本人にそのあたりの事情を質問しても、大概、冗談めいた答えをしか返ってこないかったそうです。案外、あの強面に似合わず照れ屋だったのかもしれませんね。

 

 

 福耳という言葉があるように、頬がぽっちゃりとして丸顔の人は幸福になれるといいます。人相占いでは、ふくよかな顔は吉で、逆に頬を削げ落ちて顎がとがっている人相はあまり良くないとされています。藤沢周平の小説に登場する悪党は皆、頬が削げ落ちていて目つきの悪く、そうした面構えの人間は博徒や悪党として描かれます。

 そういえば、頬の詰め物を除去した宍戸錠の人相は以前とまったく変わってしまいました。もしかすると、藤沢周平の小説に登場する悪党面に近いのではないでしょうか。

 

 

 その真偽のほどはおいて、ともかく術後には人相がすっかり変わったことだけは確かです。ますます悪党面になったといえば、悪役を演じるには好都合なのかもしれませんが、人相上は決して良いわけではないのです。ふくよかな福顔から頬の削げ落ちた本当の悪党面に変身してしまい、それから彼に降りかかってきた数々の不運を考え合わせると、あの除去手術はするべきではなかったと思わずにはいられません。頬の詰め物を失ったのと同時に彼自身、運にも見放されてしまったかのように思えて仕方がありません。