明日を元気に生きるための「心の処方箋」

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やっと食卓に上がり始めた「秋刀魚」苦みを味わう

 秋刀魚といえば秋の味覚を代表する魚です。ところが今年は記録的な不漁となり、初値は何と一匹2980円という超高値でした。回遊魚である秋刀魚の分布する海域が、海水温の上昇により日本の漁場から遠ざかったことが主な要因とのことですが、その他に大型の中国漁船などが秋刀魚を大量に捕ってしまい、日本の近海まで来なくなったなど、いろいろな理由があるようです。でも要するに、秋刀魚に限らず水産資源が枯渇しつつあることに根本的な原因なのです。

 

 

庶民の食卓

 

 

 昔から日本では、秋刀魚は庶民の魚として親しまれてきました。落語の世界でも『目黒のさんま』という有名な噺があります。お殿様がお供を連れて鷹狩に出かけて、ちょうど昼時に目黒で休憩をとっている時に、近所の農家で秋刀魚を塩焼きにしている煙の臭いに大いに食欲を誘われます。

 

 

 そこで家来にこの匂いは何を焼いているのか尋ねて、秋刀魚であることを知ると、「苦しゅうない。ここへ持て」と命ずるのです。普段、殿様は秋刀魚のような雑魚は食べる機会などありません。でもちょうど空腹を感じていたところで、秋刀魚を焼くあの強烈な臭いに大いに惹かれて、秋刀魚を所望したのです。

 

 

 焼きたての秋刀魚を一口頬張ると、その美味しいことに驚きます。家来からは、殿様に雑魚を食べさせたことが明らかになると咎を受けるかもしれないため、目黒で秋刀魚を食べたことは決して他言しませんようにと釘を刺されます。とはいえ、殿様はあの時に目黒で食べた秋刀魚の味が忘れられません。ことあるごとに家来に、「目黒は良いところじゃの。秋刀魚は美味しかったぞ」と漏らすのです。

 

 

 その後、殿様に秋刀魚をもう一度味わえる機会が巡ってきます。好きな食べ物をお出しするという段になって、殿様は公然と「秋刀魚を食べたい」と言いつけるのです。殿様がなぜ秋刀魚のような雑魚を知っているのか、ことの経緯を知らない家来は訝しがるものの、ともかく殿様のご希望とあれば叶えないわけにはいきません。そこで、秋刀魚を蒸し焼きにして骨をすべて取り去り、団子状にしてお出しするのですが、一口食べて殿様は目黒で食べたあの秋刀魚とは似て非なる味に失望し、一言「秋刀魚は目黒に限るぞ」と得意げに話したところが落ちとなります。

 

 

 話がすっかり逸れてしまいました。記録的不漁により品薄なうえ、値段が高値のままで推移していた秋刀魚でしたが、このところ秋の深まりとともにようやく値段が落ち着いてきたようです。先ごろ、スーパーの鮮魚コーナーに冷凍ではない生の秋刀魚が一匹130円で売られていました。

 

 

 それでも以前の最盛期には100円前後でしたから、まだ高いのですが、この値段ならば庶民の食卓に上がります。さっそく購入して、グリルで塩焼きにしました。実に美味かったですよ。殿様が夢にまで見たあの味はこんな感じだったに違いありません。脂がよく乗っていて、ワタまで美味しくいただきました。

 

 

 あの落語の舞台となった目黒では、商店街が中心となって、去る9月8日に今年で24回目となる「目黒のさんま祭り」が行われました。その頃には秋刀魚は不漁のために十分な量を確保できずに、去年に獲れた冷凍秋刀魚が供されたそうです。地元の商店街の方々には申し訳ないですが、冷凍秋刀魚ではさすがにお殿様をあれほど魅了することは出来なかったかもしれませんね。まあ、それでも大勢の人々が街頭で焼いた秋刀魚に舌鼓を打っていた様子でしたから、まずまずの成功だったといえそうです。

 

 

 そして晩秋のこの頃になって、ようやく秋刀魚が美味しくいただけるようになったのです。秋というよりも暦の上ではとっくに季節は冬です。秋刀魚の季語を秋から冬に、歳時記には書き換えたほうがいいのかもしれませんね。

 

 

 とはいえ、今頃の秋刀魚は脂の乗りといい、とても美味しくなっています。少し小ぶりですが、味は申し分がありません。お大尽には一匹2980円しようが、初物ならばいくら出しても構わないかもしれませんが、庶民はそんな馬鹿高い値段の秋刀魚を買うはずもません。

 

 

初物好きの日本人

 

 

 初物好きの日本人の悪い癖なのでしょう。毎年、まぐろの初競りで史上最高額で競り落とした某大手寿司チェーンが話題になります。その値段、何と3億3360万円というのですから、呆れて物も言えません。あれは宣伝費も兼ねた企業戦略なのでしょう。昨今の大型チェーン店のケースは別として、通常、料亭などが初まぐろを高値を承知で競り落とすのも、ご祝儀相場だから許されるものだと思うのです。

 

 

 「さんま さんま さんま苦いか塩っぱいか」というのは、詩人・佐藤春夫の「秋刀魚の歌」の一節ですが、年々減少の一途を辿る秋刀魚漁の行く末を考え合せると、確かに苦みの方が勝っているような気がします。やっと値ごろとなった秋刀魚を有難く味わいましょう。