明日を元気に生きるための「心の処方箋」

頑張り過ぎて疲れたあなた、心を痛めたあなたへ。言葉の癒しを実感して下さい

冷え切った心を温めてくれた最強の「おでん」とは

 お鍋が恋しくなる季節ですね。皆さんはお鍋といったら、最初に思い浮かべるのはどんな鍋料理でしょうか。鳥の水炊き、ちゃんこ鍋、湯豆腐、鱈ちり鍋、チゲ鍋、ふぐ鍋、等々。でも、ひとつ一番大事な鍋を忘れてやしませんか。そう。おでんです。私の中ではおでんこそが日本一、最強の鍋だと思っています。

 

 私がうつから無事生還できたのも、おでんの力あってのことと信じています。おでんには、傷つき、冷え切った心を芯から温めてくれる不思議なパワーがあります。そんな最強のおでんについて、お話しようと思います。

 

 銀座のお多幸や横浜の野毛おでんもさすがは老舗の味と食通をうならせるだけのものがあります。私はどちらの店にも何度かお邪魔したことがあり、お多幸の濃い味付けのがんもどきや野毛おでんの真っ黒に煮詰まった大根に感動した覚えがあります。老舗だけにお値段もなかなか張りますが、訪れる価値のある店だと思います。

 

 プロにはプロの仕事があり、家庭の味とは単純に比較できません。おでん屋さんではそれぞれの店で秘伝の汁があり、独自の製法やノウハウがあるものです。では、家庭の味がプロの味に劣るかといえば、まったくそんなことはないのです。各家庭でお母さんが家族の喜ぶ顔がみたくて、おでん種屋さんからボウル揚げやはんぺん、ちくわぶ、つみれ、ごぼう巻き、がんもどき、厚揚げ、しらたき、などを買ってきて、鍋一杯におでんを作ってくれます。出来合いのおでん種を買ってきて、あとは出汁で煮るだけのお手軽料理ですが、不思議とその家庭の味というのがあるようです。

 

 おでんは立派な家庭料理です。お父さんはもちろんのこと、子供たちもお母さんの作ってくれるおでんが大好きです。夕方、学校から帰ってくると台所からすごくおいしそうな香りが漂ってきます。母親が、今日のご飯はおでんよというと、子供はわ~い!おでんだ!と大喜びします。そしてお父さんも揃い、家族みんなで鍋からあふれ出そうなほどおでんが詰まったところを四方八方から箸でつついては頬張るのです。食いしん坊はつい湯気がもくもくと立ち上がる熱々のがんもどきを頬張って、口の中をやけどしてしまいます。でもこれもおでんならではの楽しみ方ですね。

 

 一つの鍋を家族みんなでわいわい言いながら食べる。これこそが最高の幸せの形ではないでしょうか。

 

 おでん種といえば、東京出身の人にはあまり馴染みがなかった牛すじ串が今やすっかり人気ものになりました。そうそう、私の家では銀杏を串に刺したおでん種が人気でした。何串でも食べられるのに、いつも母親から子供は食べ過ぎると鼻血を出すから3串までにしておきなさいと言われたものです。最も高級なおでん種といえば、タコです。これも一人二切れまでという決まりがあったっけ。

 

 当時、食べ盛りの子供が二人いる我が家では、母はいつも大量のおでんを作りました。大鍋二つ分のおでんを作り、一つ目の鍋の残量が少なくなるとすかさず二つ目の鍋からあらたにおでんを足すのです。いくら腹ペコの子供たちでも、一食でそれだけの量を食べ切れるはずもありません。当然ながら、翌朝からはおでんを盛りつけた皿が加わり、下手すれば夕食にも残り物のおでんが食卓にあがることもめずらしくありませんでした。もったいない話ですが、さすがにしばらくおでんを食べたいという気にはならなかったものです。

 

 

 あれから数十年が経ち、今日はおでんよ!という母の声も、わいわいと二つ分の鍋のおでんをみんなで食べた日も、遠い昔の話になりました。やがて社会人となり自分の家庭を持つようになります。出版社に就職して雑誌編集部で日々、懸命に働くうちに、気が付けばいつしか年齢は50歳を過ぎていました。毎年配属されてくる若い編集部員に押されてゆき、ある日、上司からとんとんと肩を叩かれたのです。

 

 異動先の慣れない仕事に押し潰され、ついにはうつ病と診断されて、休職せざるを得なくなりました。日々、鬱々として気分がすぐれず、心は冷え切っていました。そんな時に、妻が鍋一杯におでんを作ってくれたのです。よく染みた大根を一口かじった瞬間、まぎれもなく私は、おでんよ!という母の掛け声を合図にみんなで頬張った、あの遠い日のおでんを味わったのです。

 

 湯気を盛大に上げるだいこんがうつの心を芯まで温めてくれるように感じました。次にはほくほくとしたじゃがいもを味わった。美味しかった。私にとって最強のおでんです。

 

 心が痛んでしまったあなたにこそ、熱々のおでんを頬張っていただきたい。そして遠い昔に家族と食べた懐かしいおでんの味を思い浮かべてください。それこそがあなたにとっての最強のおでんなのです。