明日を元気に生きるための「心の処方箋」

頑張り過ぎて疲れたあなた、心を痛めたあなたへ。言葉の癒しを実感して下さい

雨と鬱と月曜日は

 台風シーズン真っ盛り。首都圏を直撃する台風の襲来で通勤電車が運行できなくなると、もうお手上げです。朝のニュースで運航再開の目途すら立たない中、駅前の商店街から改札口まで続く長蛇の列の映像を見て、もうげんなり。こういう日は出社を諦めて、年次休暇を取るのが最良の策です。さっそく上司にラインして(彼も出社できずに立ち往生の様子でしたが)、今日一日、休養することにします。

 

 

 『雨の日と月曜日は』という曲があります。カーペンターズの歌で’70年代に流行した曲です。歌詞にあるように、”雨の日と月曜日には僕は打ちひしがれてしまう”、というのは、とくに鬱の人に当てはまります。気象病について以前このブログでお話しましたが、雨は鬱症状を誘発する要因になり得るのです。カレンが果たしてそんな気分であの曲を歌ったのかどうかは知りませんが、確かに雨降りは気分が落ち込むものです。その上、一週間が始まる月曜日が曲者です。月曜日は鬱の人にとっては気分が落ち込む辛い曜日なのです。とくに月曜日の朝というのは、どうしようもなく沈んだ気分にさせられます。学生時代によくカーペンターズのレコードを聴いたものですが、鬱になって以来、あの曲だけはいまだに聴く気になれません。

 

 精神科で鬱と診断されて休職することになり、2週間ほど過ぎた頃から、医師の指示で、少しずつ外部の環境になれるための練習として、近所の図書館に毎日通うこととなりました。図書館トレーニングです。通勤ラッシュの時間が過ぎる頃に自宅を出て駅に行き、図書館の最寄駅で下車する。そこから歩いて15分ほどのところに目的の公立図書館があります。館内には受験生やら退職後に暇を持て余した高齢の方や何やら調べものをする職業不詳の方など多種多様の利用者で一杯です。図書館トレーニングというのは、何か調べものをしたり勉強したりすることよりも、むしろそういう大勢の人が集まる場所で時間を過ごして、外部の世界に徐々に慣れることを目的とした訓練方法なのです。

 

 

 ただ目的もなく図書館に行くというのは、単調過ぎてすぐに飽きてしまいました。もちろん、一念発起してこれから司法試験の勉強を始めようというのならば話は別です。村上春樹のような図書館好きの人もいるのでしょうけれど、ただでさえ何もやる気が起こらない鬱症状の私には、館内をぶらぶら歩き気まぐれに写真集などを眺めているだけでは、時間がもちません。30分おきにトイレに立ち、そのうち図書館を抜け出してドトールコーヒーショップスターバックスでコーヒーを飲んでばかりいました。昼頃になるとさっさと図書館を出て、ラーメン屋で簡単な昼食を済ませてから、家路につきました。

 

 仕事をしないで図書館にさえ行けばいいのだから楽なものだろうと思われるかもしれませんが、鬱の時には何もやらないことですら辛いものです。これは本当に鬱になったことがある方にしかわからないでしょうね。何しろ目が覚めてまた新しい一日が始まるのかと思うとただただ憂鬱になり、むしろこのまま永遠に目が覚めなければいいのになどと絶望的な気持ちになるのです。雨の日と月曜日は、なおさらです。

 

 私には図書館トレーニングよりも、その時によく立ち寄ったドトールコーヒーのジャーマンドックを頬張る方がはるかに気分転換になりました。休職前には仕事相手と待ち合わせの時に、ドトールアメリカンとジャーマンドッグを何気なく注文したものです。またある時は、スターバックスエスプレッソを飲んだりしました。何気ない日常のいち場面に過ぎないカフェタイムと、休職中にカフェでジャーマンドッグを食べたり、エスプレッソを飲んだりする時間とはまったく性質が異なります。カフェの雰囲気が沈みがちの気分を浮揚させてくれるのです。まるで自分がパリのシャンゼリゼ通りに並ぶ老舗カフェで、エスプレッソを味わっているような錯覚さえ感じさせるのでした。日本のカフェの方がむしろ上等なコーヒーを味わえるかもしれませんね。とにかく、休職中にカフェで飲んだコーヒーの味は格別でした。鬱で心を閉ざしている時に、一杯のコーヒーを口に含むと、苦みと酸味と深い味わいが広がっていき、やがて自らの気持ちも内側から外へと広がるような気がするのです。コーヒーが外界へにつながる扉のキーのように感じました。キーコーヒーというメイカーがありますが、なかなかのネーミングですね。

 

 台風のお陰で休暇がとれた今日は、『雨の日と月曜日は』の収録されているカーペンターズの古いレコードを引っ張り出して、聴いてみようかな。窓から空を見上げたら、少しだけ青い空がありました。