明日を元気に生きるための「心の処方箋」

頑張り過ぎて疲れたあなた、心を痛めたあなたへ。言葉の癒しを実感して下さい

うちご飯が世界一幸せです

 少し前の話になりますが、ある業界団体の営業マンがこんな話をしてくれました。時代はバブル全盛期。建設関係の業界団体に勤めていたTさんは、関係省庁や自治体の関係部署の担当者に自分の業界の技術を売り込む仕事をしていました。仕事といっても、要するに担当者、即ちお役人を接待してご機嫌を伺うことが主な役割でした。

 Tさんは毎夜のように担当役人を赤坂あたりにある政治家御用達の高級料亭で接待、接待の日々を送っていました。もちろん、二次会には銀座の高級クラブに繰り出すのです。かつて小泉チルドレンの一人が「一度、料亭に行ってみたいと思ってたんすよね」と口を滑らせて話題になったことがありましたが、そんな料亭では、最高の旬の食材を使い、一流の料理人が腕によりをかけて、庶民の食卓には絶対に出てこない出ないような超高級懐石料理が供されるのです。Tさんはそんな高級料理を毎夜、接待のために食していたのです。

 冬には天然の最高品質のふぐ料理が出されるでしょうし、秋には松茸料理が出てきます。そんな高級料理などめったに食べられない我々庶民としては羨ましい限りですが、Tさんは意外なことを話したのです。「確かに高級料亭らしく最高の料理を出されるけれども、毎日、あんな料理ばかりを食べていたら嫌になってしまいますよ」

「連日、懐石料理を出されてみなさい。あなただってすぐに飽きてしまって、そのうち見るのも嫌になってしまうでしょうよ。接待相手の手前、いくら見飽きたとはいえ、まったく手を付けないわけにはいかないので、順番に運ばれてくる皿にちょっとはしをつけるようにはしていたけどね。だから僕はもしどなたかが食事をご馳走してくれる時には焼き鳥か焼肉をリクエストするんです」

 贅沢過ぎるような気もしますが、案外、高級料理というのは最初はめずらしさもあって有難がるけれども、そのうちに見向きもしなくなるのかもしれません。罰当たりな話ですけどね。

 私もTさんほどではありませんでしたが、取材先を接待するために結構高級レストランで食事をしたものです。もちろん見飽きるほどしょっちゅうそんな高い料理を食べていたわけでもありません。記者時代に先輩から接待するときにカニ料理屋だけは行くなと忠告されたものです。その理由は、毛ガニにしても越前ガニにしてもカニを食べるときは固い殻から身を穿り出しながら食べなければなりません。そうすると自然に取材相手も記者も二人して黙ってひたすらカニを食べることに夢中になってしまい、ちっとも話がはずまなくなるからです。相手に何か質問しても、相手はカニの身をほじるのに必死だから上の空です。これでは取材になりませんよね。

「やっぱり夕食はうちご飯が一番だね。妻が家族のために一生懸命に調理してくれた料理をみんなでおしゃべりしながら食べるご飯が一番おいしいよ。うちごはんが毎日食べられる人は世界一幸せな人だと思うな」とTさんはしみじみと語りました。

 料亭の常連であり銀座のクラブの上客でもあったTさんの言葉には実に説得があるように思いました。そりゃあ奥さんが作る料理には時には塩辛すぎたり、煮込み過ぎて肉が固くなったりすることもあるでしょう。それでも、家族のため、家族の喜ぶ姿が見たくて一生懸命に作ってくれた料理です。そんな料理はプロの作る”売り物”とは違って、愛情が料理という形に変わったものなのです。やっぱりうちご飯が世界一の料理ではないでしょうか。鬱の辛さを和らげて、心をそっと癒してくれるのは、うちご飯という処方が一番です。