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新聞の折り畳みは騒音か?「騒音大国」ニッポンの常識・非常識とは

 来日した外国人が初めに疑問に思うのが、空港や駅などのパブリックスペースでのアナウンスだそうです。確かに東京駅に成田エクスプレスから降り立った途端に、ありとあらゆる構内アナウンスが流れ続けます。電車の車内でも同様です。東京駅の地下ホームからエスカレーターに乗ると、また車輪付きのバッグには気をつけろとか何とか。とにかく過剰なまでのアナウンスには、外国人のみならず日本人でも辟易とさせられます。そんな「騒音大国」ニッポンについて、皆さんはどうお考えでしょうか。

 

 

通勤電車でのトラブル

 

 

 先日、朝の通勤時間帯の電車内でこんな出来事を目撃しました。ラッシュアワーですから、当然ながら社内は混雑していています。それでも狭いスペースで、器用に新聞を縦に四つ折りにして記事を読んでいる中高年の会社員がいました。四つ折りの紙面を読み進めるためには、どうしても新聞紙を裏返したり畳直したりの動作を繰り返す必要があります。よく見かける光景で、普段は気にする人はいません。ところが、その日は違ったのです。

 

 

 電車が東京駅に到着して、乗客が先を争うようにして下車しようとしたその時のことです。三十代と思しき会社員が四つ折りにした新聞を読んでいた六十がらみの男性に詰め寄り、こう言い放ったのです。

「おい、さっきから新聞をがしゃがしゃさせやがってうるせえんだよ!少しは迷惑を考えたらどうなんだ、え!」

 ほとんど掴みかからんばかりの勢いで、ごろつきのようにどすを利かせた大声で脅しつけたものだから、何の騒ぎが起きたのかと皆、一斉に固唾をのんで見守っていました。

 

 

 もしこの男が乱暴を働くようなことがあったら、私も仲裁に入るべきかなどと考えてるうちに、いちゃもん男はそれで気が済んだらしく、さっさと去っていきました。でもかわいそうに、憐れな中高年の会社員は縮み上がっている様子でした。この手の輩に下手にかかわりを持つとろくなことはありません。最近問題になっている高速道路での危険な煽り運転がまさにそうです。でも、公衆の面前で暴力沙汰を起こしたとあったら、黙っているわけにはいきません。

 

 

 新聞を折りたたむ音は果たしてどれほどの迷惑行為なのでしょうか。迷惑と言えば、イヤフォンからの音漏れがあります。最近のイヤフォンは音漏れしない製品が多くなりましたが、少し前までは音漏れによる迷惑が問題となり、社内アナウンスで必ず注意を呼び掛けたものです。今でも時々、そういう注意を喚起する録音音声が流されることもあります。

 

 

日本の常識と世界の常識

 

 

 電車内やバスの車内での携帯電話の通話についても、うるさいくらいに毎度、サイレントモードにして通話は控えるようにというアナウンスがあります。携帯で通話中にはついつい声が大きくなりがちです。周りが静かにしているのに、一人で大声で電話をする声が車内に響き渡るのは、確かに迷惑行為に違いありません。

 

 

 ところが、外国では電車内での通話は許容されているところも多く、または携帯で通話し放題の車両があったりします。レストランでも、日本では自席での通話は禁止なのが常識ですが、外国ではそうではないところもあります。外国人がスマホでひそひそ声で話しているのをあまり見たことがありませんから、きっと自分の国でも普通にそうしているのでしょう。外国では携帯での通話についてはかなり寛容のようです。日本の公共マナーが外国のそれと違っても、お国柄の違いですから、どちらが良いとも悪いともいえません。

 

 

 何かのテレビ番組で見たことがあるのですが、韓国では公務員を志望する人が非常に多いため、公務員試験のための予備校が繁盛しているといいます。番組では一人の公務員志望の浪人生に密着していましたが、意外に思ったことがありました。公務員予備校には自習室もあって、そこで一人ずつ仕切りで区切られた席で受験勉強に励みます。そこでは会話はもちろんのこと、参考書のページをめくる際にもなるべく音を立てないようにしていました。

 

 

 日本ではたとえば図書館の自習室で勉強する時に、辞書や参考書をめくる音をさせるなとは言われないはずです。まあ、日本は一時期、ゆとり教育とやらを奨励して、受験戦争という言葉すらあまり聞かれなくなったのに対して、韓国では公務員になるために熾烈な受験戦争が日夜繰り広げられているため、受験生はいつもピリピリしているのでしょう。

 

 

 中国では、科挙という今でいう上級公務員採用試験のような制度が千年あまりの間、存在していました。何でも最難関の試験は数千倍もの競争率になるため、官僚を目指す受験生たちは過酷な受験戦争を勝ち抜かなければならなかったそうです。幼いころより英才教育はもちろんのこと、勉強以外は何もさせてもらえなかったと言います。受験の失敗を苦に自殺するものも後を絶たなかった。そういう人々はきっと周囲の雑音が一切入り込まない、離れのような勉強部屋に押し込まれていたのでしょうね。そしてわずかな衣擦れさえも騒音に感じたことでしょうね。

 

 

 話が逸れましたが、受験勉強の時には周囲の人たちはなるべく雑音を立てないように気を配るものです。せっかく勉強しているところで、話し声などが聞こえたら、身が入らなくなるでしょうからね。

 

 

 それはともかく、物音ひとつ立ててはいけないような環境では、大きな音を立てないように気を配るのは常識です。それは日本も外国も同じです。TPOに合わせて常識、非常識の境目は変わるものです。

 

 

新聞の折り畳みも騒音か

 

 

 それでは前述の新聞の折り畳みは騒音なのかどうか。私は騒音にはないらないと考えます。第一、電車の車内は常にアナウンスで溢れかえっているではありませんか。あの過剰なアナウンスこそ、騒音だと思います。鉄道会社は親切心からあのような懇切丁寧なアナウンスをしているのでしょうけれども、やれ電車から降りる際には足元に注意せよとか、余計なお世話に感じてしまうのは私だけでしょうか。

 

 

 観光地にいってもどこでもアナウンスが流れっぱなしです。きっと外国人には、日本は騒音大国だと思われているに違いありません。新聞の折り畳み音が騒音なら、赤ちゃんの泣き声も騒音ですし、駅弁の包みを開ける音も騒音です。そのうえ、懇切丁寧な社内アナウンスも。And so on.