明日を元気に生きるための「心の処方箋」

頑張り過ぎて疲れたあなた、心を痛めたあなたへ。言葉の癒しを実感して下さい

思い出の「カレーライス」は何ですか?

 午前中の仕事を終えて、さて今日はどこでランチにしようかと考えている時に、何とも魅惑的な香りが鼻腔をくすぐりました。そういえば、今日の社員食堂のメニュー表にはカレーライス(辛口・甘口)とありました。カレーには欠かせない数々のスパイスが混然一体となって香ってきたのです。

 

 

カレーの”魔力”

 

 

 もうこうなると脳内は、今日のランチはカレーにせよ、わしはカレーライスが食べたいぞよと大騒ぎです。ということで、いつもは散歩がてらお気に入りのカフェを目指すのですが、予定変更です。

 カレーライスには、食欲を鷲掴みにするパワーがあります。カレーのスパイスが鼻をかすめた瞬間、フレンチでもイタリアンでも、オリーブオイルとガーリックの香りの誘惑をも消え失せてしまいます。

 それくらいカレーの香りには強いインパクトがあります。

 

 

 久しぶりに社員食堂に入ると、すでにカレーの魔法にかかった人々が列をなしていました。普段ならば、この時点でさっさと逃げ出すところですが、私もカレーの魔力に憑りつかれたゾンビ状態になっていて、そこから動けませんでした。

 さて、お味はというと、まあ普通のどこにでもあるカレーライスでした。最初からわかってはいましたが、それでもカレーの呪縛からはなかなか逃れられないものです。

 

 

 ラーメンとカレーライスは日本人の国民食と言われています。確かにインスタントながらサッポロ一番とかカップヌードルを知らない日本人はまずいません。カレーライスもレトルトからカレールーのものまで、多種多様です。

 でもあなたの思い出のカレーライスは何ですか?と質問すると、大概の人はこう答えることでしょう。

「やっぱり子供の頃食べた、お袋の作ってくれたカレーライスが一番です」

 

 

思い出のカレーライス

 

 

 子供の時分、腹を減らして家に帰ってくると、母親が台所から出てきて、

「今日はカレーライスよ」

 とにっこりとほほ笑む様子を思い出します。もちろん、その頃から私は食いしん坊でしたから、やったぁ!と小躍りしたものです。そして調子に乗って何杯もお代わりするのでした。

 

 

 そんな子供の頃の情景があの香しい匂いを嗅ぐと、ふと頭に浮かびます。紅茶にマドレーヌを浸した瞬間に、突然に遠い昔の思い出が浮かび上がるという件が有名な『失われた時を求めて』と少し似ているかもしれません。

 

 

 カレーライスは子供時代の大好物ナンバーワンでした。もちろん家庭料理ですから、スパイスから仕込んだりはせずに、ジャワカレーやらバーモントカレーやらの市販のカレーに肉や野菜を煮込むだけです。それでも、どんなに本格的なインド料理店のカレーやホテルのレストランで供されるカレーよりも、母親が作ってくれたカレーが一番なのです。

 

 

 小学校の時に、クラスに勉強はよく出来るけれどもちょっとひ弱な子がいました。その子が唯一、存在感を発揮するのが、給食のカレーを食べるときでした。

 運動神経も鈍いくせに、その時ばかりは誰よりも素早く自分の皿を平らげて、いの一番にお代わりをするのです。クラス全員が彼のカレーに対する執着心の強さを理解しているので、お代わりを二度しようが三度しようが大目に見てやりました。

 こんな些細な記憶をも、カレーの香りは思い起こさせるのです。

 

 

 当時、私は渋谷区に住んでいました。中学校にはいつも仲の良い友達と一緒に通学しました。学校までの通り道の商店街に、当時としてはまだめずらしかったカレー専門のレストランがあって、朝から刺激的なスパイスの香りを店外まで漂わせていました。

 通学路にあるレストランですから、毎日店の前を通るうちに、一度、あの店でカレーライスを食べようじゃないかということになったのです。

 

 

 急いで家に戻り、そのカレーレストランに友人と二人で入りました。メニューはいたってシンプルで、ポークとビーフとチキンカレーの三種類だけ。私はポークカレーを、友人はチキンカレーを注文しました。

 運ばれてきたポークカレーを一口食べたら、滑らかな舌触りとほど良い辛さで実に美味でした。これが通学途中で匂いだけ嗅いでいたあのカレーなのかと納得しました。

 ところが、チキンカレーを選んだ友人は、ひと匙、口に運んだ途端、顔色を変えて慌てて水をがぶ飲みするのです。一体、どうしたのかと思い、コップの水を飲み干すのを待って尋ねると、

「辛くて死にそうだぁ!ひ~、辛い、ひ~!」

 と叫ぶのです。その様子を厨房で見ていた店のご主人が大きな声で、

「そんな死にそうな顔をするなよ!」

 と大笑い。そうです。彼の頼んだチキンカレーは、メニューをよく見ると小さな文字で「辛口」と書かれていたのです。初心者が犯しがちなケアレスミスと言えそうです。

 

 

 その後、私は引越しをしたのを境に、幼馴染の彼ともあまり会う機会がなくなりました。最後に会ったのは、いつのことだったかさえも思い出せません。でもあの時、辛口のチキンカレーを食べて、死にそうな彼の表情は忘れもしません。

 

 

 社員食堂のカレーライスを頬張りながら、そんな遠い昔の思い出が蘇ってきました。皆さんは、どんな思い出がありますか?というよりも、またカレーライスが食べたくなりませんか。