明日を元気に生きるための「心の処方箋」

頑張り過ぎて疲れたあなた、心を痛めたあなたへ。言葉の癒しを実感して下さい

1月6日月曜日の「仕事始め」に「世界平和」について考えました

 6日を仕事始めとする企業が多いことと思います。皆さんの会社はどうですか?

 さて年末・正月をのんびりと過ごした後で、いきなり「仕事モード」に戻るのはなかなか難しいものです。

 ひと昔前なら仕事始めには、社員同士が年初めの挨拶をしたら、それでその日はお終い。本格的に仕事がスタートするには、翌日あたりからというのが当たり前でした。

 営業マンならば、さっそく得意先へ挨拶回りをしましたが、その他の部署は歌舞伎の「顔見世」のように、社長の新年のスピーチを拝聴した後は、三々五々解散するか、祝い酒を酌み交わすか、でした。

 

 

「仕事始め」の今と昔

 

 

 日本人は昔からお正月を大切な行事として捉えていて、それは会社でも同じでした。会社という組織は疑似家族のような存在でしたから、当然と言えば当然です。

 お休みに入り、正月明けになって再び会社という”大家族”に戻るわけです。会社社長は父親のような存在で、家族を支える役目があり、上司はさしずめ長男か兄のような役割を担います。

 年明けに”家族”が初めて顔を合わせるのですから、年初の挨拶があり、お互いの無事を確かめ合い、乾杯のひとつもするものでした。

 

 

 今やそんなことをやろうとしたら、却って若い社員たちからブーイングが起こるに違いありません。会社は会社で、自分は個人。個人的なことには、上司ですら立ち入ることは許されません。

 下手をすれば、パワハラになりかねません。

 何とも、味気ないと言えばその通りですが、これも世の趨勢とあっては仕方がありませんね。

 

 

 そもそも西洋式の個人主義が我々日本人の間にも深く浸透した結果かもしれません。でもそれ以上に、企業側の体質が変貌したせいではないでしょうか。

 前述のような、ひと昔前、日本の会社がひとつの”大家族”的な存在だった頃には、終身雇用制度が厳然としてありました。

 つまり、会社という組織に入り、そこの社員となれば、定年退職するまでずっとそこの”家族の一員”でいられたのです。

 

 

 企業の体質が変貌し始めたのは、右肩上がりの成長を続けていた日本経済がある程度、成熟期に入り、これまでのように社員を養っていく余裕がなくなったことが一番の要因でしょう。

 以前は日本の企業は、新たに工場を建設して商品をばんばん作れば、その分、ちゃんと国民はモノを買ってくれました。言うまでもありませんが、モノを作り、それを買ってくれなければ、経済は停滞してしまいます。

 バブルの崩壊以降、「失われた10年」と呼ばれる停滞期がありました。モノが売れない、価格が下がる、企業は減収となる、という「負のスパイラル」が長く続きました。

 

 

 企業の体力が徐々に奪われていき、定年するまですべての社員を養う余裕がなくなった時、会社=家族という形は失われたのです。

 仕事始めの日には、社員はお互いに顔を合わせて新年の挨拶をしてから、仕事はせずに終えるという”古き良き”習慣はもうありません。

 終身雇用制が崩壊してからは、社員は外国の企業のように、いつ所属する部署が縮小あるいは消滅するかもしれず、暢気に構えている暇などなくなりました。

 

 

 給料も能力給となり、ノルマを達成しなければ、昇給できません。これまでの年齢に比例して自動的に給料や出世するシステムはなくなりました。あるのは、能力給という名のもと、社員の給料を減額することばかりを考える経営者側の思惑だけです。

 これでは、会社を家族のように考える社員など一人もいなくなるのも当然でしょう。加えて、上場企業では経営者サイドの人でも成績が悪いと降格されたり、下手するとクビにもなりかねないのが現状なのです。

 

 

 と少々キビシイ話になりましたが、今や日本企業は国際競争に晒され、日々、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているのです。

 この話はこの辺にしておきますが、こんな状況では、仕事始めには顔を合わせるだけというわけにはいかなくなったのも仕方がありませんね。

 

 

「世界平和」について考える

 

 

 紅白歌合戦にAIとして初出場を果たした「AI美空ひばり」が以前に特集番組で新曲を初披露したのと同じ曲を”歌い”ましたが、秋元康氏の歌詞の中に語りの部分で、「今から思えばいい時代でしたね」というセリフがあったのを覚えてらっしゃる方も多いと思います。

 確かに”いい時代でしたね”。令和という新しい時代には一体、日本がどのようになっていくのか。米国がイラクの有力者を攻撃したり、北朝鮮が相変わらず弾道ミサイルの発射実験を繰り返したりと、国際情勢はますます不安定になりつつあります。

 どうか神様、愚かな私たち人間をお見捨てにならずに、日本と世界をお救い下さい。と、お祈りすることしか出来ません。

 

 

 そんな大いなる不安を抱えて新年が始まりました。極端にいえば、明日にでも核戦争が勃発する可能性は十分にあります。残念なことですが、これが現実です。そういう不確実性の現在、私たちは一体どうすればよいのでしょうか。ジョン・レノンが今も存命だったら、何か世界へ向けた平和のメッセージを発するかもしれません。

 

 

 昨年の11月に来日されたフランシスコ教皇が日本人に向けて、そして世界へ向けて発した平和への願いのメッセージを思い出しましょう。ローマ教皇が長崎と広島の爆心地を訪れたのは、核廃絶を訴えるために他なりません。

 

 

 世界が平和であればこそ、私たちは安心して会社へ行き、仕事に精を出すことも出来るのです。仕事始めにいきなり働かされるのは如何なものかとの思いも、世界経済の現状と核戦争勃発の可能性を鑑みれば、ちっぽけな不満に過ぎないのかもしれません。

 

 

 それでも月曜日が仕事始めというのは、いささか厳しいですね。皆さん、何とかこの一週間を乗り切りましょう。世界がなくならないうちに。