明日を元気に生きるための「心の処方箋」

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「AIベートーベン」作曲の交響曲第10番を聴きたいですか?

 昨今、目覚ましく進化を続けるAI技術。自動車の分野では、AIによる完全自動運転が実現する日も近いそうです。SF映画の傑作『2001年宇宙の旅』に登場する人工知能即ちAIが宇宙船の操作からメンテナンス、乗組員らとの会話まで行う中、ある日突然、AIが”反乱”を起こして、宇宙飛行士と対決するというストーリーが斬新でした。2001年はとっくに過ぎましたが、AIの進歩はすでに同映画の世界がSFではなくなりつつあります。

 

 

「AI美空ひばり」が紅白へ

 

 

 産業ロボットの分野だけではありません。AIが架空の美空ひばりを作り出し、AI美空ひばりが新曲を披露するというNHKの特集番組がありました。その時の模様をご覧になられた方も多いかと思いますが、完成度の高さには正直想像をはるかに超えたものでした。加藤和也氏も思わず涙ぐむほどです。以前このブログに書きましたが、AI美空ひばりは本当に今年の紅白歌合戦に”出場”することも発表されました。

 

 

 実際、番組で初披露されたAI美空ひばりが新曲を歌う、その歌声は声の質やフレージング、タメやこぶしといった細部に至るまで本物そっくりで、まるでひばりさんがこの世に舞い戻ったかのような錯覚すら覚えました。新曲の出来も素晴らしく、その歌声に思わず私も涙ぐんでしまいました。よもやキューブリック監督も想像しなかったに違いありません。

 

 

 今年の紅白は出場歌手の顔ぶれなどよりもAI美空ひばりの歌をもう一度聴きたくて、今から楽しみにしています。自動車の自動運転もすごいと思いますが、何よりも人の感情を揺さぶることさえも可能になったAI技術には驚嘆せざるを得ません。

 

 

 AI技術で美空ひばりを蘇らせたように、他の音楽家も蘇らせようじゃないかと考えるのは、他国でも同様です。かのルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーベンの生誕250年に当たる2020年に、AIを使って未完の交響曲第10番を完成させるプロジェクトが進められています。ご承知のように何故か日本では年末になると”第九”こと交響曲第9番合唱付きの演奏会が頻繁に催されますが、永遠の5歳の「チコちゃん」によると、同曲を演奏するとチケットの売れ行きがいいので、楽団員のボーナス代を捻出するために第九の演奏会が年末の恒例行事になったそうです。

 

 

「AIベートーベン」は是か非か

 

 

 それはさておいて、ベートーベンは第九を作曲中にほぼ同時進行で”第十”も創作していたのですが、途中で諦めて未完のままで終わりました。未完成といっても、シューベルトの有名な交響曲『未完成』とは違い、ベートーベンのそれはごく一部と断片的なメモ程度しか残されていません。その後、ベートーベンは病気が悪化してとうとう交響曲第10番を完成されることなく、亡くなったのです。マーラー交響曲第九番を作曲後に次の第十番を作曲しようとして、一楽章の途中まで創作したところでやはり亡くなりました。マーラーの弟子筋の作曲家が後にこの未完の交響曲を完成させましたが、その成果については賛否両論あります。

 

 

 人の歌声や節回しなどならば、サンプル数が多ければ多いほど、本物らしく再現することは技術的に可能です。そのことを前述のAI美空ひばりが証明してくれました。もちろん、異論もあるでしょうけれども。でも作曲となると、いくら数多くの楽曲が残されていても、結局、ベートーベンの頭の中にだけにしか新曲は存在し得ないと思うのです。マーラーシューベルトも同様です。しかも第10交響曲はわずかな断片しか残されていないのです。AIであろうとも完成させられるとはとても思えません。むろん、楽器の特性や音楽の理論、和声などをAIに学ばせて、それらしい曲を作ることはできるでしょう。でもそれはAIの作曲した楽曲であり、ベートーベンの曲にはなり得ないと思うのです。

 

 

 生誕250周年を記念してAIがベートーベンの未完の交響曲を作曲し、それがベートーベンの交響曲第10番として認められるのならば、世界中から作曲家はいなくなるでしょう。AI美空ひばりの歌声には感動しましたが、それは人の声は人工的に作りやすく、フレージングなども生前の膨大な数のレコーディング曲があるからこそ、さもひばりが歌っているかのように錯覚させるくらいの完成度に近づけることが出来たわけです。でも作曲となると話は別です。人の頭の中で創造される音楽をAIが再現することは不可能でしょう。多少のベートーベンらしいフレーズとか和声を真似することは出来ても、250年後も賞賛され続けるベートーベンが創造した素晴らしい楽曲を、ベートーベンの死後にAIがなり替わって、新たに作曲することなどできるはずがありません。

 

 

 作曲や絵画や彫刻などの芸術は、すべて人間の脳内が編み出したものですが、それらを創造する力の源泉は、もしかしたら人智を超えた神の領分に属することなのかもしれません。AIによるベートーベン交響曲第10番は怖いもの見たさで関心がないわけではありませんが、果たしてそれが世に認められることになったら、大変なことです。AIベートーベンがベートーベンになり替わるなんて、想像するだけで背筋が凍りつく思いがします。ホーキング博士らがAI技術の開発に警鐘を鳴らしたように、いよいよAIが人に取って代わるという『ターミネーター』の世界観が現実のものとなる日がまた一歩近づくきっかけになるかもしれません。